シャンプーや洗顔料を手に取り、そのテクスチャーに「とろみ」や「粘度」を感じるとき、そして髪を洗ったときに豊かで安定した泡が生まれるとき、その心地よい感触の裏側には、「ジステアリン酸PEG-150」という成分の存在があります。
この聞き慣れない長い名前は、実はシャンプーやボディソープのテクスチャーや安定性を決める上で、非常に重要な役割を担っています。洗浄成分ではありませんが、洗浄成分の働きを助け、製品に「とろみ」と「泡立ちの良さ」という、私たちの求める機能を付与する鍵を握っているのです。
本記事では、化粧品・シャンプー成分の専門家が、ジステアリン酸PEG-150の基本的な情報から、その驚くべき多様な機能、安全性、そして効果的な製品選びのヒントまでを徹底的に解説します。この成分の秘密を解き明かし、あなたの美容製品選びをより賢く、より満足度の高いものにするための一助となれば幸いです。
ジステアリン酸PEG-150(PEG-150 Distearate)は、合成ポリマーである「ポリエチレングリコール(PEG)」と、脂肪酸の一種である「ステアリン酸」が結合して作られた成分です。
「PEG-150」: PEG-150は、分子量が大きい「高分子PEG」であり、常温ではワックスのような固体の性質を持っています。
ジステアリン酸: 2つのステアリン酸が結合していることを示しており、油と非常になじみやすい性質(親油性)を持ちます。
この2つが結合してできたジステアリン酸PEG-150は、水にも油にもなじむ性質(両親媒性)を持ち、製品中で様々な役割を担います。
ジステアリン酸PEG-150が化粧品開発において不可欠な存在となった理由は、その優れた「増粘効果」と「泡安定性」にあります。
優れた増粘性: 非常に少量でも、製品の粘度を効率的に高めることができます。
泡安定性: 洗浄成分の泡立ちを良くし、泡がへたりにくく、安定した泡を保つことができます。
化粧品の成分表示では、国際的なルールに基づいたINCI名(International Nomenclature of Cosmetic Ingredients)が用いられます。ジステアリン酸PEG-150のINCI名は「PEG-150 DISTEARATE」と表記されます。日本の化粧品表示名称も「ジステアリン酸PEG-150」であり、成分表でこの名称を見かけたら、本記事で解説する多機能成分であると認識できます。
ジステアリン酸PEG-150は、その単一の成分でありながら、シャンプーや洗顔料に多岐にわたる優れた機能を持つ点にあります。ここでは、主な機能について詳しく見ていきましょう。
ジステアリン酸PEG-150の最も主要な機能は、その優れた増粘効果です。
製品のテクスチャー調整: 非常に少量で製品の粘度を効率的に高めることができます。これにより、水のようにサラサラとしたシャンプーや洗顔料に、とろみを与え、使いやすいテクスチャーを作り出します。
泡の安定化: 製品の粘度を高めることで、泡の安定性も向上します。
ジステアリン酸PEG-150は、洗浄成分ではありませんが、洗浄成分と協力して泡立ちや泡質を改善する働きを持っています。
泡立ちの向上: 洗浄成分の泡立ちを向上させ、素早く豊かでクリーミーな泡を生成するのを助けます。
泡持ちの良さ: 泡がへたりにくく、弾力のある泡を長時間キープすることで、洗浄時の摩擦を減らし、心地よい使用感を実現します。
ジステアリン酸PEG-150は、水と油を安定的に混ぜ合わせる乳化安定剤としての役割も果たします。
分離防止: 油性成分と水性成分が配合された乳液やクリーム、シャンプーなどが分離するのを防ぎ、製品の品質を長期間安定させます。
ジステアリン酸PEG-150は、PEGという保湿効果を持つ成分と、脂肪酸(ステアリン酸)が結合しているため、わずかながら保湿効果も持ち合わせています。
肌の潤い保持: 肌表面に薄い膜を形成することで、肌内部の水分蒸発を防ぎ、潤いを閉じ込める効果が期待できます。
ジステアリン酸PEG-150は、その多機能性から広く利用されていますが、安全性についてはどのように評価されているのでしょうか。
ジステアリン酸PEG-150は、その化学的特性から、一般的に化粧品成分として安全性が高く、皮膚刺激性やアレルギー性は低いと評価されています。
高分子であること: 分子量が非常に大きいため、健康な肌のバリアを通過して肌内部に浸透することはほとんどありません。これにより、肌の細胞に直接作用するリスクが低く、刺激やアレルギー反応を引き起こしにくいと考えられています。
安全性評価: アメリカの化粧品原料評価委員会(Cosmetic Ingredient Review / CIR)などの専門機関も、化粧品に配合される濃度において、安全であると結論づけています。
しかし、以下のような懸念や注意点が一部で指摘されることもあります。
PEGの安全性: PEG全般に対して、まれに皮膚のバリア機能が低下している場合に浸透しやすくなり、刺激を感じる可能性を指摘する声があります。
個人の感受性: どのような成分でも、個人の肌質や体質によってはごく稀に刺激やアレルギー反応を示す可能性はゼロではありません。
ジステアリン酸PEG-150は合成ポリマーであるため、その生分解性については議論されることがあります。
生分解性: 分子量が大きなPEGは生分解されにくいと考えられていますが、近年では、より環境負荷の低いポリマーや、製造プロセスの改善が進められています。
ジステアリン酸PEG-150は、その多機能性と安全性から、幅広い種類の化粧品やシャンプー、ヘアケア製品に配合されています。
シャンプー・ボディソープ: 泡立ちと粘度を調整する目的で、多くの製品に配合されます。
洗顔料: クリーミーな泡立ちと、とろみのあるテクスチャーを実現するために。
乳液・クリーム: 製品の粘度を高め、なめらかなテクスチャーを作り出すために。
ジステアリン酸PEG-150が配合されている製品を選ぶ際は、以下の点に着目してみましょう。
求めるテクスチャー: 「とろみのあるシャンプーが好き」「クリーミーな泡で洗いたい」といったテクスチャーの好みが、ジステアリン酸PEG-150配合製品を選ぶ一つの基準になります。
成分表示の確認: 成分表示の比較的上位に「PEG-150ジステアレート」と記載されていれば、その製品のテクスチャーはジステアリン酸PEG-150の働きによるものと考えられます。
他の成分との組み合わせ: ジステアリン酸PEG-150は、洗浄成分ではありません。したがって、他の洗浄成分(アミノ酸系、硫酸系など)と組み合わされて製品の洗浄力が決まります。
本記事では、化粧品やシャンプーの成分表に潜む「ジステアリン酸PEG-150」が、いかに多機能で重要な成分であるかを徹底的に解説しました。
ジステアリン酸PEG-150は、優れた増粘効果と泡立ち・泡質の改善という、シャンプーや洗顔料に不可欠な機能を持っています。また、高い安全性と乳化安定性も持ち、製品の品質と使用感を支える影の立役者です。
この知識が、あなたが日々の美容製品選びにおいて、成分表示の奥深さを理解し、ご自身の肌質や求める仕上がり、そして「なぜこの製品はこんなに心地よいのか」という疑問を解決する一助となれば幸いです。
日本化粧品工業連合会 (JCIA) – 化粧品成分表示名称リスト: https://www.jcia.org/user/display/contents/102 (ジステアリン酸PEG-150のINCI名確認に参照)
(書籍)かずのすけ 著『間違いだらけの化粧品選び』(成分の機能性や高分子の役割に関する消費者向け解説に参照)
(論文)Cosmetic Ingredient Review (CIR) Expert Panel reports on PEGs. (ポリエチレングリコール全般の安全性評価の根拠として参照)
(Webサイト)化粧品原料メーカーの技術資料・安全性データシート(ジステアリン酸PEG-150を取り扱うメーカーの専門情報として意識しています)
(Webサイト)日本化粧品技術者会 (SCCJ) などの専門機関の公開情報 (ポリマーの機能に関する専門的見解を参照)
ジステアリン酸PEG-150:シャンプー成分解析